◎2019年1月27日(日)礼拝

・一週間の始まる日、共に礼拝を守ることができました。
・礼拝後「わたしにとって礼拝は・・・」のテーマのもと
 全体集会を行いました。皆さんにとって礼拝の意味を
 分かち合うひとときでした。感謝です。


◎説教メモ「明日を生きるために」ルカによる福音書21:1〜9 仲程愛美牧師

 荘厳煌びやかな神殿を前にイエスはその崩壊を予告する。信仰の象徴として人々が大事にしているものは消えてなくなると。その中でイエスは信仰者の生き方を問うている。
 この場面は神殿で献金をささげる金持ちとやもめの様子が対比されて語られている。明日をも知れぬ身の中で、全てを手放したやもめにイエスは注目された。何かにしがみつくことなく、一切を神に委ねる彼女の姿に「誰よりもたくさんのものを入れた」とイエスは評価される。
 これらの後で、イエスは終末について語られた。困難や災難が降りかかった時に、大事なものを見失い、惑わされないようにと注意を促す。絶望に押し潰され、生きることをあきらめてはならない。やもめのように。明日を生きるためにこそ、すべてを手放す勇気と、何が大切かを見極める賢さを兼ね備えていたい。
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本日の礼拝
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全体集会
◎2019年1月20日(日)礼拝

・共に一週間の始まりの日、礼拝を守ることができました。
・CS礼拝では、柴山文男兄がお話をして下さいました。
・礼拝後、定例役員会がありました。
・病(インフルエンザ)と戦っている友を覚えてお祈りください。


◎説教メモ「決めつけないで」ルカによる福音書4:16〜30 金 鍾圭牧師

 私たちは偏見によって勝手に物事を決めつける。見た目が不良であると「絶対危ない人」だと。日本の漫画に『GTO』という作品がある。ドラマ、アニメまで制作されるほど、人気を博した。主人公は鬼塚という、ヤンチャな高校教師である。ヤンチャな教師がヤンチャな生徒を正しい道へ導くのが痛快な物語だ。鬼塚の見た目は、教師とは思えないほど不良である。そのため学校関係者からいつも嫌われるが、話が進めば進むほどみんなが鬼塚に魅力を感じることになる。
 イエスは自分の育った故郷に戻り、み言葉を宣べ伝えた。しかし、ナザレの人たちは、イエスがよく知っていた大工ヨセフの息子だと気付くと、さっきまで恵み深い言葉だと感銘を受けていたはずなのに、イエスを疑い、やがて彼らは怒りを表す。これは全て「偏見」から生まれたことだ。
 ナザレの人々がこうした姿が私たちの中にも存在するかも知れない。偏見が他の存在を傷つけるということを私たちは気づいているのだろうか。

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本日の礼拝
◎2019年1月13日(日)礼拝

・1月のお誕生者・新成人祝福礼拝として、子どもと大人が
 共に礼拝を守る事が出来ました。
・礼拝後、お餅つき、CSスタッフ会がありました。


◎説教メモ「だけれども」ルカによる福音書5:1〜11 仲程愛美牧師

シモンは日常の営みからイエスによって思いも寄らないところへ導かれていく。可能性や限界を超えた先へと連れ出す。それがイエスの招きなのだ。招きに応えるのは確信があるからではない。半信半疑だけれども、神の力が働く瞬間に出会っていく。その積み重ねが弟子(私たち)の歩みかもしれない。
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本日の礼拝
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お餅つき
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お餅つき
◎2019年1月6日(日)礼拝

・2019年の初めの主日、聖餐をあずかりながら、
 子どもと大人が共に礼拝を守ることができました。
 今年も主の恵みが豊かなにありますようお祈ります。
・礼拝後、クリスマス飾りの片付け、礼典委員会がありました。


◎説教メモ「確かで大きな意志を受けとめて」ルカによる福音書3:15〜22 仲程愛美牧師

 バプテスマのヨハネが人々に力強く勧めていた悔い改め(洗礼)は、神中心の歩みへと踏み出す事の必要性だった。神の子であったイエスにはその必要性は全くないはずだが、洗礼を受けられた。この行動を通して、神中心の歩みを実践し模範となったのだ。神の子が、人として歩むために人間と同じ道を進まれた。
 キリスト教会では洗礼を初期から実践しており、その記述が新約聖書に見られる。「キリストに結ばれた」私たちは「キリストを着て」いるという点で皆等しい。つまりそこには民族や身分、性別などの差はなく、「キリスト・イエスにおいて一つだから」と理解されていたことが伺える。
 「あなたは、私の愛する子、私の心に適う者」という神の声は私たち一人一人にかけられた言葉だ。そこに込められている確かで大きな意志をしっかりと受けとめ、新しい1年の歩みをイエスに倣って進んでいきたい。
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本日の礼拝
◎2018年12月30日(日)礼拝

・2018年の最後の主日を歳晩礼拝として、子どもと大人が共に礼拝を
 守ることができました。ありがとうございます。
・自然災害が多かった今年ですが、新しい2019年も主のお導きの中で
 歩むことができますように。
・礼拝後、共育コア会がありました。
・2019年1月1日(火)午前11時から元旦礼拝です。


◎説教メモ「標識を間違えずに」マタイによる福音書2:1〜12 仲程愛美牧師

 東方の学者たちは異国の地に住む、ユダヤ人とは全く違う背景の中で生きていた。その彼らが言い伝えを頼りに輝く星を受け入れ旅に出た。そして救い主イエス・キリストを探し当てたのだった。
 他方、メシアの到来を長らく待ち望んでいたユダヤの民。しかし人々が星の出現に戸惑っている様子を聖書は伝えている。不思議な星を神の導きとは受け入れられなかった人々だ。
 自分の進むべき道(星)を見つけ、歩み出す人々は力強い。権力や常識にとらわれない。人生の標識を間違えてはならない。幼子イエスのいる場所の上に止まった星を見て、学者たちは「喜びにあふれた」のだ。
 この1年を神の導きにより歩めたことに感謝しつつ、一人一人が星を頼りに歩めたかを振り返りたい。
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本日の礼拝
◎2018年12月23日(日)礼拝

・メリークリスマス!四本目のロウソクが灯されました。
・御子イエス・キリストの降誕を覚えながら、
 子どもと大人が共に礼拝を守ることができました。
・主イエスの平和と愛がこの世に満たされますように。
・礼拝後、クリスマス愛餐会がありました。
 トーンチャイムの演奏、CS子どもたちのページェント、
 レクリエーションなど楽しいひとときでした。


◎説教メモ「恐れる事はない」金 鍾圭牧師 ルカによる福音書2:8〜14

 第1次戦争開戦から5ヶ月後の西部戦線。最前線で対峙していたイギリス軍とドイツ軍は塹壕の中で閉じ込められたままの膠着状態にあった。12月24日夜、ドイツ軍側から歌声が聞こえ始めた。「Stille Nacht, heilige Nacht」言葉の意味は分からなかったが、曲調で「Silent night, holy night」だと分かった。こうしてイギリス軍の塹壕からも歌声が響き始めた。
 翌朝、ドイツ軍兵から「撃たないから出てきて」と声が上がった。それに応えてイギリス軍も出て来て、戦争の真最中でありながら彼らは「メリークリスマス」と挨拶を交わした。これが非公式休戦の「クリスマス休戦」である。たった1日であったが、彼らはサッカーを楽しみ、食べ物を分かち合い、大切な人の写真を見せ合った。
 1918年11月の終戦まで戦死者1600万人(その内非戦闘員700万)を生み出した史上最悪の戦争の中で起きた奇跡の瞬間であった。その後二度とクリスマス休戦のようなことは起きなかった。
 彼らが戦争の不安、恐れの中で見せた勇気ある行動は、救い主イエス・キリストの降誕、つまりクリスマスの真の意味ではないだろうか。

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本日の礼拝
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クリスマス礼拝
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愛餐会
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サンタクロース
◎2018年12月16日(日)礼拝

・イエス・キリストの誕生を待ち望むアドベントを過ごしています。
 三本目のロウソクが灯されました。
・CS礼拝では目次裕子姉がお話をして下さいました。
・礼拝後、全員清掃、定例役員がありました。


◎説教メモ「底まで行くと」仲程愛美牧師 ゼファニヤ書3:14〜18

 ゼファニアは南ユダ王国で活動した預言者の一人で、王家の子孫という異色の経歴であった。神の怒りと裁きを語る彼の預言は、神に背いたユダの民だけでなく、神を侮る周辺諸国にまで及んだ。審判の告知として、後のレクイエムの手本にもなっている。
 力ある者の暴力と虚偽、宗教者たちの不誠実、人々は独善を盾とし神の業を蔑ろにした。紀元前600年の南ユダの民の状態を語っているはずなのだが、耳が痛い…。預言書は過去のものではないことを思い知らされる。
 神殿を失い、国を失い、全てを失ってから気づく民の姿に私たちも重なってしまうのか。どうすることもできず、底辺まで行き着かなければ気づけない、人間の愚かさと傲慢。結局のところ、すがるべきもの、向かうべきところは神の前なのだ。
 だからこそゼファニアは希望を語る。神によって私たちは変えられると。そのことを喜び祝えと。愚かで傲慢な人間のただ中におられる神が、それら一切の悪に打ち勝つ力を与えてくれるのだから。


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CS礼拝
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三本目のロウソクが…
◎2018年12月9日(日)礼拝

・イエス・キリストの誕生を待ち望むアドベントを過ごしています。
 一本ずつろうそくが灯されます。
・12月にお生まれになった方々を覚えて子どもと大人が共に礼拝を守りました。
・礼拝後、CSスタッフ会がありました。


◎説教メモ「神の存在感」詩編139:1〜6

 神は全てを知っておられる。と詩編は語る。しかし一つの疑問が残る。全てを知っておられながら、人間が罪を犯しても、それを止めなかった。罪を犯さない存在として人間を造ることもできたが、そうしなかった。
 神は私たちを人形のような操られる存在ではなく、自由意志を持つものとして創造された。しかし、私たちはその自由を誤って振り回し、罪ある存在となった。ここで人間に対する神の愛が発動する。神ご自身でありながら御子(人間)であるイエス・キリストをこの世に現して下さったのだ。全知全能の神の人間に対する大きな愛が正にここにあるのだ。この出来事こそがアドベントを過ごしている私たちが味わうべき偉大な愛である。

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