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◎2019年9月1日(日)礼拝

・暑い夏を乗り越え、振起日礼拝を迎えることができました。
 気持ちを新たに、心を振るい立たせ、「伝道」の秋へと歩んで参りましょう!
・9月から諸集会が再開されます。覚えてご参加ください。
・病と戦っている友を覚えてお祈りいたします。


◎説教メモ「聞くだけでは」ヤコブの手紙1:19〜27 金 鍾圭牧師

 私は修士論文で賀川豊彦を研究した。韓国教会史専攻だった私が、日本人牧師の賀川を選んだのには、当時の韓国教会の状況と緊密な関係がある。
大学院に通っていた2009年は様々な問題で、韓国教会内外を問わず多くの人々が不満に沸き立っていた。私は、「聖職者という者は一体何者なのか。いや、信仰の歩みを歩むのは何を意味するか」と悩み始めた。
 礼拝だけささげればそれで良いと主張する人々。礼拝は重要ではない、社会問題に積極的に取り組むべきだと言う人々。しかし彼らの内面を見ると失望するばかりだった。そのような時、私は賀川豊彦に注目した。極端に偏ることではなく、信仰と社会運動に調和を尽くした彼こそ、当時の答えではないかと感じた。その思いは今も変わらない。
 ヤコブ書の著者は、行いが伴わない信仰について警告する。行いではなく信仰を強調したパウロと意見の対立が生じるが、実際二人が語ろうとしていたのは同じだろう。信仰を伴う行い、行いを伴う信仰を目指すこと。
 キリストの恵みの中で歩む私たちは、どちらに偏ることなく、調和を実現する信仰の道を歩んでいきたい。

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