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◎2019年7月21日(日)礼拝

・主の日の礼拝をささげることができました。
・CS礼拝(子どもの礼拝)では、柴山真理さんによって
 パウロのお話を伺いました。
・礼拝後、定例役員会が行われました。
・7月から9月まで「本日の食堂」のうどんはお休みとなります。
 替わりに隔週でおにぎりとサンドウィッチとなります。


◎説教メモ「眠くても、落っこちても」使徒言行録20:7〜12 仲程愛美牧師

 もうダメだと思う時がある。特に自身の手には負えない事柄を前にすると、人は諦め、断念し、望みを捨てる。一概に悪いことではなく、己の限界という意味では、諦めが肝心だということも納得がいく。だがそれは人間の思い、感性だ。
 パウロは夜通し語っていた。出立を前にして、その語りに熱が入ったのか「話が長々と続いた」と聖書は記す。集まっていた一人の若者は、眠りこけ3階から落下し命を落としてしまう。パウロはすぐさま降りていき、彼を抱きかかえ「生きている」と宣言する。そして何事もなかったかのように、パンを裂き皆で食し、語り始めた。
 極端な言い方だが、眠気に襲われようとも、命を落とそうとも、神の言葉は語られ、主の恵みは分かち合われる。私たちに対する神からの呼びかけは中断することがない。それは人間の限界、絶望の先に備えられている神からの慰めであり、希望なのだ。
 私たちの歩みには中断はあるかもしれないが、神の招きは何があろうと続くのだ。
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◎2019年7月14日(日)礼拝

・主の日の礼拝をささげることができました。
・7月にお生まれになった方々を覚えて、
 子どもと大人が共に礼拝をささげました。
・礼拝後、CSスタッフ会が行われました。
・7月から9月まで「本日の食堂」のうどんはお休みとなります。
 替わりに隔週でおにぎりとサンドウィッチとなります。


◎説教メモ「律法より大事なことは」使徒言行録11:4〜18 金 鍾圭牧師

 ペトロがコルネリウスと出会った出来事は、ユダヤ人キリスト者たちにとって衝撃だった。コルネリウスはローマ軍の百人隊長であり、これが意味するのは、彼が異邦人であることだからだ。当時ユダヤ人は幼い頃から「異邦人とは関わるな」と教えられてきた。その中で育ったユダヤ人はキリスト者にも関わらず、ペトロが行った事を理解することは出来なかったのだ。
 ペトロ自身も神と出会った幻に拒否感を抱いていた。律法で定められているように、食べてはいけない物を「食べろ」と命じた神の一言は、彼の文化・慣習を否定する事であったからだ。
 異邦人にも聖霊の働きが臨在したこの出来事は、キリスト教共同体に大きな転機をもたらすこととなった。ユダヤ人のみならず、誰もがキリストの救いの対象である事を改めて知ることになったのだ。
 律法は厳しい掟ではなく、人を生かす恵みである事を忘れてはならない。キリストがこの世に来られたことは戒めを強調するためではなく、私たちを救い、愛と赦しを与えるためである。律法より重要な事を私たちは既に教えてもらった。この大事な思いを心に刻みながら歩んでいきたい。

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CS礼拝
◎2019年7月7日(日)礼拝

・主の日の礼拝をささげることができました。
・礼拝後、管理コア会を行いました。
・7月から9月まで「本日の食堂」のうどんはお休みとなります。
 替わりに隔週でおにぎりとサンドウィッチとなります。
・午後に総年会・ぶどうの会の合同例会が行われました。
 「未来について」をテーマに教会の学びの時をもちました。
・西日本豪雨から1年が経ちました。被災された方々を覚え、
 祈り続ける私たちでありたいと思います。


◎説教メモ「寂しい道の先に」使徒言行録8:26〜40 仲程愛美牧師

 エチオピア女王の高官は、聖書を熱心に読み、エルサレムに赴き礼拝に参加するほど、神への思いは揺るぎないものだった。だが、どれだけこの高官が熱望しようとも、神の教えの核心に触れることはゆるされなかった。宦官でありエチオピア人の高官は、その両方を理由に神殿(伝統的教え)からは受け入れ難い存在だったのだ。帰途についていた高官の心は「寂しかった」のではないだろうか。
 フィリポは天使の導きで高官と出会う。神は求める人に応えられ、出会いを通して教えられる。神を知る、聖書に触れるとは、決して一人の力、働きだけではなし得ないことに気づかされる。フィリポは用いられ、遣わされ、高官は気づき、教えられる。この2人に起こった出来事は「神との出会い」となって実を結ぶ。高官はこれまでの聖書や神の理解の限界を超え、寂しい道から喜びの道へと導かれた。
 寂しい道での出来事は私たちに驚きをもたらす。神は様々な背景を抱えた人々に、様々なかたちで出会われる。そのために私たちは遣わされていることを覚えていたい。
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CS礼拝
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全体集会
◎2019年6月30日(日)礼拝

・共に祈り、賛美を歌い、聖書を学ぶことができました。感謝です。
・CS礼拝では、柴山文男さんからお話をいただきました。
・礼拝後、「祈りについて」のテーマのもと全体集会がありました。
・本日の食堂は壮年会の担当でした。市販の「あれ」を用いて
 昼食をいただきました。お疲れ様でした。
・病と闘っている友を覚えてお祈りいたします。


◎説教メモ「キリスト・イエスの名によって」使徒言行録4:5〜12 金 鍾圭牧師

 キリスト教の歴史において数多くの宣教師たちは「マタイ28:19、20」「使徒1:8」にあるイエス・キリストの御言葉を受け継ぎ、世界各国でキリストの名を伝えて来た。その中には、様々な宣教的戦略があったが、多くの地で用いられたのが医療である。先進医療を土着の人々に伝え、彼らを助け、キリスト教へと導く。この一連の流れが、一般的な宣教活動の業であった。
 日本も16世紀頃、京都の蛸薬師通室町西入に南蛮寺が建てられ、大規模な医療活動が行われた。しかし、純粋な活動が行われただけではなく、その裏には欧州の列強がキリスト教を利用し、自分たちの利益のため悪行を行った負の歴史も存在している。
 宗教を用いて暴挙を振るうことは歴史の事実であり、私たちが反省すべき点ではないかと思う。その上でペトロの信仰告白(4:10〜12)が、キリスト者として歩む私たちに大きな意味をもたらすだろう。
 当時イエスの弟子たちは、自分の利益のために癒しを行った訳ではない。キリスト・イエスの名を宣べ伝えるためだった。この純粋な心を胸に刻んで歩んでいきたい。

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子ども祝福式
◎2019年6月23日(日)礼拝

・花の日・子どもの日礼拝として、子どもと大人が
 共に礼拝を守ることができました。
・礼拝中、子ども祝福式が行われました。
・病と闘っている友を覚えてお祈りいたします。


◎説教メモ「その一輪が」使徒言行録5:12〜16 仲程愛美牧師

 聖霊に満たされた使徒たちの働きは民衆を驚かすものだった。多くのしるしと不思議な業により、人びとの「命」を生かした。聖書の記述からは大勢の人々が癒され、また主を信じる者とされたことが分かる。だがそこにはたった一つの、主との出会いがあり、各々が真に「生きる者」になる経験がいくつもあったに違いない。多くのしるしと業の背後に、どれだけの物語があったかを想像する。
 神は使徒を通して聖霊の働きにより、誰一人としてもれることなく「生きる者」として招かれた。「多くの」奇跡に込められた一つ一つの神の想い、まなざしは貴い。
 一輪の花は花束の前には見劣りするかも知れないが、花束は一輪一輪の花がなければ成り立たない。一輪咲いても花は花だ。
 その一輪に込められる神の計画のように、私たち一人一人も神に用いられる、託されていることを覚えたい。「命」を守り「生きる者」へと導く神の働きの小さな、しかし限りなく貴い担い手でありたい。
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本日の礼拝
◎2019年6月16日(日)礼拝

・父、子、聖霊を思い、三位一体礼拝を守ることができました。
・礼拝後、定例役員会がありました。
・病と闘っている友を覚えてお祈りいたします。


◎説教メモ「主の名を呼び求める者は」使徒言行録2:14〜21 金 鍾圭牧師

 五旬祭(ペンテコステ)の出来事を未だに信じようとしていない人々に、ペトロは彼らがよく知っている旧約聖書のヨエル書3章を引用し、起きた現象について説明している。
 ヨエル書の預言は次の4つから成る。1)聖霊の普遍的な授与「わたしの霊をすべての人に注ぐ」、2)福音の普遍的な宣言「彼らは預言する」、3)霊的な悟り「若者は幻を見、老人は夢を見る」、4)確証を与える証「天に不思議な業を、地に徴を示そう」。
 この預言の究極的な意味は、「主の名を呼び求める者は皆、救われる」である。誰もが主のみ名を呼び求めるのであれば、人種・階級に拘らず、主によって救われる。
 ペンテコステは私たちに対する神の普遍的な救いの御業である。差別や不合理が蔓延している世の中に聖霊の臨在の出来事は、私たちに大きな意味をもたらしている。
 キリストの体である教会の聖徒として聖霊に満たされ、主の救いの喜びを交わりながら歩んでいきたい。
◎2019年6月9日(日)礼拝

・ペンテコステおめでとうございます!
 聖霊の豊かなお導きがありますように。
・6月にお生まれになった方々を覚えて、
 子どもと大人が共に礼拝を守ることができました。
・礼拝後、CSスタッフ会がありました。


◎説教メモ「それぞれの言葉で」使徒言行録2:1〜4 仲程愛美牧師

 聖霊が弟子たちに降ると、人々はそれぞれの言葉で福音を耳にすることができた。「あなた」に伝えるために聖霊は、今も働いてくださっている。
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本日の礼拝
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ペンテコステ礼拝
◎2019年6月2日(日)礼拝

・1939年6月3日この地に主の教会が建てられ、80年になりました。
 今までの歩みに感謝し、これからも主の豊かなお導きがありますように。
・創立80周年記念として、堺清水橋教会の森田香代牧師をお招きし、
 子どもと大人が共に礼拝を守ることができました。
・礼拝後、安田美穂子さんの創立80周年記念コンサートが行われました。
・病と闘っている友を覚えてお祈ります。
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本日の礼拝
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創立80周年記念礼拝
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森田香代牧師をお招きして
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記念写真撮影
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創立80周年コンサート
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記念クッキー
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記念映像