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◎2017年6月25日(日)礼拝

・沖縄を覚えて祈ります。主の平和と正義を求めながら歩まれますように。
・主と共に礼拝を守ることができました。感謝です。
・CS礼拝では、吉澤彰子さんが「バベルの塔」のテーマのもと
 お話をして下さいました。感謝です。
・病のため礼拝に集えない、兄弟・姉妹を覚えて祈ります。
・礼拝後、共育委員会、CSスタッフ会がありました。
 共育委員会では、今後の家庭集会のあり方、CSスタッフ会では、7月の予定、
 夏のプログラムについて話し合いました。皆さんお疲れ様でした。


◎説教メモ「我らは主の作品」金 鍾圭牧師(イザヤ書60:19〜22)

 古代イスラエルは当時の周辺国と比べると何一つ自慢できるものはなかった。エジプトのように科学や文化、バビロンやペルシアのように強い軍事力が彼らには許されなかった。しかし一つだけイスラエルの民に許されたのがあった。それは神に従うことである。神に対する信仰こそが彼らの唯一の力であった。
 しかし、彼らは時々神に背き、自分勝手な道を歩んでしまった。その結果、イスラエルはエジプト・アッシリア・バビロン・ペルシア等に植民化され苦しめられたのである。
 このようなことを彼らに与えたのは神であったが、神は苦しんでいる彼らを無視することもできなかった。彼らは神の被造物であり、貴い作品だったからだ。彼らに罰を与えたのは、憎んでいたからではなく、慈しみ深い愛の形なのだ。神の救いの道は、我らの想像をはるかに超えている。
 我らは既にその愛を受けている。なぜなら、主の大切な存在であるからだ。共に喜んで下さり、また、共に苦しんで下さる神のみ恵みの中で導かれることに感謝しつつ歩んでいきたい。

◎2017年6月18日(日)礼拝

・新しい一週間も主と共に歩むことができますように・・・。
・CS礼拝では、柴山真理さんが「ノアの箱舟」のテーマのもと
 お話をして下さいました。感謝です。
・病のため礼拝に集えない、兄弟・姉妹を覚えて祈ります。
・礼拝後、定例役員会がありました。


◎説教メモ「いつでも会える」金 鍾圭牧師(使徒言行録17:22〜34)

 政治、哲学、神話として代表されるギリシャに足を運んだパウロはワクワクして仕方がなかったかも知れない。伝道者でありながら、学問の道を歩んだ彼にとって、アテネは夢のような世界だった。しかし、彼が目にしたのは、知られざる神を拝んでいるアテネだった。パウロの高揚感は一気に怒りに変わった。
 神はモーセに十戒を与えた時「唯一の神であること」「いかなる像、ものの形も造ってはならない」と言った。だからアテネの状況を見たパウロが怒りを出したのは当然だった。あちこちに建ち並ぶ偶像、そして知られざる神にまで信仰を持つアテネ人に対し、彼は創り主である神、唯一である神について教える必要があった。
 人間が像や神殿を作るのは神に対する信仰ではなく、そこに神を閉じ込め、自分の手で神を作ろうとする傲慢ではないのか。
 救い主イエスのお働きによって我らは神の子になった。神はわたしたち一人一人から遠く離れていない。探し求めさえすればいつでも会える存在なのだ。親しく臨んでおられる神として…。
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本日の礼拝
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CS礼拝
◎2017年6月11日(日)礼拝

・花の日・子どもの日・誕生者祝福礼拝として
 大人と子どもが共に礼拝を守ることができました。感謝です。
・6月誕生者のための祝福祈祷がありました。
・礼拝後、管理委員会がありました。


◎説教メモ「まねっこ、真似っこ!」仲程愛美牧師(エフェソ5:1〜5)

 真似は学ぶと同源とのこと。「真に似せる」からマネやマネブという語ができ「学ぶ」になったのか、「誠に習う」の意味からマナブが生じ「真似」に転じたのか、前後関係は定かではない。どちらにせよ、そこにはのない姿勢とひたむきな想いがあるように感じる。
 子どもは大人の姿を見て成長する。大人もまた、誰かの姿に感化され自分に磨きをかけることができる。何よりも、私たちは、神の前ではいつまでも「子ども」だ。神に倣うため、イエスを追いかけ手本とする。真に似せることは到底できないが、せめて「まねっこ」から始めたい。
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本日の礼拝
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花の日礼拝でしたので、お花を飾りました。
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ぬいぐるみを持ちながら説教をする仲程牧師
◎2017年6月4日(日)礼拝

・ペンテコステです。聖霊のお働きを思いながら、
 聖霊に導かれる人生を歩むことができますように。
・6月3日は石橋教会の創立78周年記念日です。
 本日は創立記念礼拝でした。感謝です。
 78年前に、この地に教会を建てられた、信仰の先輩たちの歩みを習い
 私たちもその歩みができますように。
・礼拝後、愛餐会がありました。
 美味しいカレーいただき、レクレーション、トーンチャイム演奏など
 楽しいひとときでした。奉仕して下さった方々に感謝です。
・来週は子どもの日・母の日・誕生者祝福礼拝です。



◎説教メモ「証人たち、ここに立つ!」金 鍾圭(使徒言行録2:1〜11)

 イエスは弟子たちに「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」という言葉を残して天に昇られた。
 間もなくして彼らの前には聖霊が炎のような舌になり現れ、一人一人の上にとどまった。そして、不思議な出来事が起きた。今まで話したことのない言葉で語り出したのである。彼らはイエスが約束して下さった聖霊に満たされ力を受けたのだ。彼らがすることはたった一つ、イエス・キリストの証人になること。
 このペンテコステ(聖霊降臨)の出来事が教会の始まりだ。多くの人々が代々に渡ってキリストの証人として歩んできた。そして、我らもその一員である。
 石橋教会は創立78年を迎えた。当時、信仰の先達は、この地で自分たちが発揮できる最大限の力を持ってキリストの証人として歩もうとされた。今も聖霊はこの世に満ちている。我らは聖霊によって力を受け、これからもキリストの証人として歩み出す。再び主が来られる日を待ち望みながら、永遠に。
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本日の礼拝
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愛餐会
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美味しいカレー
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トーンチャイム演奏
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本日の説教
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CS礼拝でお話をしてくださる石井和典牧師
◎2016年5月28日(日)礼拝

・豊能地区交換講壇として礼拝を守ることができました。
 大阪のぞみ教会の石井和典先生がお尋ねてくださり、
 説教をしてくださいました。感謝です。
・礼拝後、ピロティー片付け、宣教委員会がありました。
・来週はペンテコステ・石橋教会創立78周年記念礼拝です。
 聖霊のお働きが、この世の中に満たされますように。

◎今週の集会
・5月31日(水)聖書に学び祈る会 午前10時
・6月 1日(木)聖書とお茶の会、婦人会委員会 午前10時
・新しい始まる日、暑いですけど、共に礼拝を守ることができました。
・CS礼拝では、柴山文男さんがお話をしてくださいました。感謝です。
・礼拝後、定例役員会がありました。議事に関しては役員会報告にてご確認ください。


・説教メモ「誰のための・・・」金 鍾圭牧師 マタイによる福音書6:1〜15

 私が中高生だった頃、祈る時によく願ったのは「殉教者の道を歩むことができるように」だった。その時、使徒言行録を熱読し、入り込みすぎたのかもしれないが、いつも使徒の人生を歩みたかった。純粋な気持ちが信仰として現れたと思う。
 信徒から将来の夢を聞くと、いつも牧師や宣教師と答えた。すると、相手は「やっぱり牧師の息子だ」という反応が返ってきた。私は周りのその反応が嫌ではなかった。多分、その頃からだと思う。信仰の純粋さを失ったのは…。それからは祈る時いつも周りを意識し始め、自分が信仰者のお手本となるように演じた。まるで「偽善者」のように。しかし、信仰はそうではない。イエスも聖書を通してはっきり言っている。
 キリスト教の歴史を見ると大勢の殉教者がいた。その人々は自分の満足のために殉教されたわけではない。信仰を守ろうとする純粋な思いがあったからだ。私たちは誰のために信仰の道を歩んでいるのか。まずは自分自身だ。信仰は神と自分の1対1の関係性である。表面より内面が成熟する信仰の道を歩んでいきたい。
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本日の礼拝
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CS礼拝
・世の中の母たち、6月誕生者を覚えながら、
 子どもと大人が共に礼拝を守ることができました。
・礼拝後、壮年会主催お寿司パーティーがありました。
・その後、CSスタッフ会がありました。


・説教メモ「愛されているのは」仲程愛美牧師 エフェソの信徒への手紙一3:18、19

自分がどれだけ愛情を注がれてきたかはなかなか気付かない。ましてその大きさを知るのは難しい。
 親は愛情をもって子を育てるという表現が、普遍的ではなくなってしまった社会を憂える。生まれて初めて築く関係性の中で愛が欠落すると「愛される」ことを知らない、分からないまま成長する人々がいる現実を忘れてはならない。それでも、私たちは神の愛を語り続けなければならない。
 愛されていることに気づくこと、それが愛することを知る一歩なのかもしれない。誰もが一番に神さまに愛されているのだから。
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・復活の主を覚えながら聖餐式を行い、礼拝を守ることができました。
・CSでは礼拝後、母の日カードを作りました。
・来週は母の日・誕生者祝福礼拝です。
 礼拝後、お寿司パーティーが予定されています。どうぞご参加ください。


・説教メモ「互いに支えあう」金 鍾圭牧師 コリントの信徒への手紙一12:1〜11

 神の霊が我々にそれぞれの賜物を与えたのは、共に歩みなさいというはっきりとしたメッセージである。人間は一人では生きられない。だから人類は長い間「社会」という集団を構成してきた。その集団で我々にはそれぞれの役割がある。それこそが霊から頂いた賜物であり、我々が共に生きるべき理由なのだ。
 しかし、今の社会はその生きるべき理由が失われてしまったのかもしれない。互いに尊重する姿は消え、自分しか考えない社会になってしまった。我らに与えられた賜物の意味を考えて歩んでいきたい。
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主日礼拝
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CS礼拝
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母の日カード作り